奈良地方裁判所 昭和44年(ワ)107号 判決 1971年8月10日
原告
下野寬
被告
株式会社インテリヤメリノー
ほか一名
主文
被告株式会社インテリヤメリノーは、原告に対し金四八四万五、〇六三円および内金四三九万五、〇六三円に対する昭和四四年六月二日以降支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
被告三宅徹は原告に対し金二五〇万八三四九円および内金二三〇万八三四九円に対する昭和四四年五月二一日以降支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
原告の被告三宅徹に対するその余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告らの負担とする。
原告が被告株式会社インテリヤメリノーに対し金一五〇万円、被告三宅徹に対し金八〇万円の担保を供するときは、主文一項にかぎり、仮りに執行できる。
事実
原告訴訟代理人は「被告らは各自原告に対し金四八四万五、〇六三円および内金四三九万五、〇六三円に対する訴状送達の翌日より支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに前記一項につき仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、つぎのように述べた。
一、本件事故の概要
原告は大阪市北区所在の積水化学工業株式会社に運転手として勤務していた者であるが、昭和四一年九月五日午前一一時五五分頃、普通乗用自動車(大五ま四一九一号)を運転し、大阪市北区中の島二丁目二三番地先道路上において、渡辺橋南詰交叉点の信号持ちのため西向きで停車中、折柄被告三宅徹(以下被告三宅という)運転にかゝる、被告株式会社インテリヤメリノー(以下被告会社という)保有の普通乗用自動車(泉五す八一四八号、以下本件車という)に追突され、頸椎鞭打傷害を受けた。
二、被告らの責任
被告三宅は自動車運転手として絶えず前方を注視し、事故の発生を未然に防ぐべき注意義務があるのにこれを怠り、時速四〇ないし五〇キロメートルの速度でブレーキを踏まぬまゝ追突した過失に因り本件事故を惹起したものであるから、民法七〇九条により原告の蒙つた損害を賠償する責任がある。
被告会社は被告三宅を雇用して運転業務に従事させ、自己のために本件車を運行の用に供し、その業務中に事故を惹起したものであるから、被告会社は自賠法三条により原告が蒙つた損害を賠償する責任がある。
三、損害額
(一) 休業損 金一一四万三、五四四円
原告は本件事故後一時出勤したこともあつたが今日まで概ね欠勤のやむなきに至り、次の欠勤日数は四四六日に及び、その損害額はつぎのとおり算出される。
昭和41年度 総給与額 76万9,371円
出勤一日当り給与額 769,371円÷12ケ月÷25(一ケ月の出勤平均日数)446日分合計 114万3,544円
(二) 治療費 金二四万六、四二五円
原告は右鞭打症の治療のため奈良市川の上突抜町一五番地所在の松倉病院で治療を受けており、その治療費は二四万六、四二五円になる。
(三) 通院費 金三万四、二三〇円
原告は右通院に奈良交通バスを利用しており、その交通費は三万四、二三〇円になる。
(四) 得べかりし利益の喪失 金一八九万〇、八六四円
原告は本件事故前六ケ月を平均すると、運転手として一ケ月六九時間の残業をしていたが、本件事故のため今後運転手として勤務できなくなり、事務職では一ケ月最高三〇時間以上の残業ができない。原告は事故当時三六才で、勤務先の定年は五五才であるから、今後一九年間に亘り、一ケ月三九時間に相当する残業手当金を喪失することになつた。昭和四三年度の残業単価は一時間三〇八円であるから、年毎式ホフマン計算による現価はつぎの計算方式どおり金一八九万〇、八六四円となる。
308円×39時間×12ケ月×13・11606764(19年間の係数)=1890864・77525296(円未満切捨)
(五) 慰謝料 金一五〇万円
原告は本件事故に因る鞭打症特有の頭痛、目まい、吐気等に終始おそわれ、運転手としての職を失い、後遺症悪化の懸念などから、甚大な精神的苦痛を蒙つたから、これを慰謝するには金一五〇万が相当である。
(六) 弁護士費用 金五三万円
原告は被告らより以上の損害合計額から後記の五〇万円を控除した金四三一万五、〇六三円(原告の準備書面に四三一万五、〇六五円とあるのは誤記と認める。)に相当する損害を受けたが被告らは任意弁済しないので、原告はやむなく原告訴訟代理人に昭和四四年五月一五日本訴の提起と追行を委任し、同日着手金として金八万円を支払うとともに、原告勝訴の際は判決確定の日を支払期日として右損害賠償請求金額の一割以内に当る金四五万円を成功報酬として支払うことを約したから、右弁護士費用合計五三万円は、本件事故と相当因果関係のある原告の損害というべきである。
(七) 控除金 金五〇万円
原告は自動車損害賠償責任保険より金五〇万円の交付を受けたのでこれを前記損害金合計より控除すると、原告の損害額合計は金四八四万五、〇六三円となる。
四、結論
よつて原告は被告らに対し右金四八四万五、〇六三円およびこれから右成功報酬金を除く金四三九万五、〇六三円に対する本訴状送達の翌日から支払済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」と述べた。〔証拠関係略〕
被告三宅徹は、請求棄却の判決を求め、答弁として、
「原告の請求原因事実中一項の事実は認めるが、その余の事実は争う。」と述べ、甲号各証の認否をしなかつた。
被告株式会社インテリヤメリノーは、適式の期日の呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書またはこれに代る準備書面をも提出しない。
理由
一 被告株式会社インテリヤメリノーは民事訴訟法一四〇条に則り、原告主張の請求原因事実を全部自白したものと看做される。そこで被告三宅徹との間における原告の本訴請求の成否につき、以下判断をする。
二、原告の請求原因一項の事実については両当事者間に争いがなく、右事実とその方式、趣旨によつて真正に成立した〔証拠略〕によつて被告三宅徹の過失に因る損害賠償責任を肯認することができる。
三、つぎに原告の蒙つた損害額について考える。
(一) 原告は本件事故後の欠勤による休業損を請求し、〔証拠略〕に徴すると、原告は事故後一時出勤したこともあつたが、昭和四四年五月一五日までの間に略々原告主張の期間(四四六日)欠勤し、昭和四一年度給与七六万九、三七一円(甲九号証)にもとづき計算すると右欠勤日数に見合う給与額は概ね原告主張の額になることが認められる。しかしながら、右各証拠によると原告は欠勤中も積水化学株式会社より立替払の名目で既に右金額を上廻る金員支払(甲一一号証)を受けていること、同会社は立替払とはいうものの原告との間に具体的な立替契約も結ばず、またこれについての社内規定(甲一六号証に準拠したものでないことは同号証の内容に徴し明らかである。)もない儘、出勤、欠勤の別も明示することなく出勤に準じた取扱をとり、右立替支出金については給与としての源泉徴収を行ない別に労基法上の休業補償、障害補償などは支給していないこと、さらにまた原告が被告から損害賠償金を取立できないことになつた場合のことは未だとりきめられていないことが明らかであるから、これらの事実に徴すると名目的には立替とはいうものの、実際は原告は同社より休業に伴う給与同額の損失補填を受けたものであつて、同社に対しこれを返還すべき法律上の債務を負担しているものでなく、むしろもし同社に損失を生ずる場合は同社より被告に対し求償すべき筋合のものと解せられる。従つて、原告が右金員を休業損として請求することは失当というべきである。
(二) 〔証拠略〕に徴すると、原告が本件事故に因る鞭打症治療のため、昭和四三年一一月七日までに金四万一二九五円を松倉病院に支払い、昭和四四年四月九日までに金四万三八九〇円の医療費債務を負担したことが認められるが、それ以上の治療費についてはこれを認めるに足りる立証がないから、原告のこの点の請求は合計金八万五一八五円の限度で正当として認容される。
(三) 原告は通院費として金三万四、二三〇円を支出したと主張するが、これを認めるに足りる立証がない。
(四) 原告は本件事故に因り、将来運転手として勤務できなくなつたと主張し、これに伴う残業手当差金を損害として請求し、〔証拠略〕に徴すると、原告は本件事故前八ケ月を平均すると運転手として一ケ月六一時間、六ケ月を平均すると一ケ月六九時間の残業をして居り、右残業時間は積水化学の運転手の平均残業時間を下廻つて居ること。同社の昭和四三年度の残業単価は一時間三〇八円であること。原告は本件事故に因る鞭打症状のため昭和四四年四月一日付で同社の運転手より、総務部文書課嘱託に業種を変更させられたもので、右職種では、一ケ月最高三〇時間以上の残業ができないことが夫々認められる。しかしながら〔証拠略〕によれば、原告の後遺等級は昭和四六年五月現在一二級程度のものであり、〔証拠略〕に徴しても、右本人尋問のなされた昭和四六年三月当時において車の運転自体は不能ではないことが認められるから、原告が他に職場を求めるならば、将来永く運転手として勤務することが絶対不可能とはいえないことが窺われる。そして、〔証拠略〕によると、事故後昭和四四年五月一五日までの間原告に補償されるべき残業手当喪失額は積水化学としては一ケ月五九時間、一時間単価三〇八円(昭和四四年四月以降三八二円)の割で計算した四五万五五六四円を相当としていることが認められ、その後五年間(後遺等級証明のなされた昭和四六年五月より三年間、すなわち昭和四九年五月まで)原告は運転手としての基本給与同額を事務職として受けとることはできるが、運転手としての残業時間と、事務職の残業時間の差略々一ケ月三〇時間、一時間単価三八二円の割による残業手当合計六八万七、六〇〇円を喪失したものと認めるのが相当であり、結局原告のこの点の損害は
45万5564円+68万7600円=114万3164円
ということになり、原告の請求中右金員を上廻る部分は失当である。
(五) 〔証拠略〕に徴すると、原告は本件事故に因り、鞭打症にもとづく頭痛、目まい、嘔気等におそわれ、前記認定のように運転手としての職を失い、後遺症悪化の懸念などから、甚大な精神的苦痛を蒙つたことが察知せられ、右症状の治療のため、事故後現在まで既に五六六日以上松倉病院に通院(治療実日数のみ)していることが明らかであるから、これを慰謝するには、原告主張のとおり金一五〇万円が相当であると認められる。
(六) 以上の各損害を総計すると、原告の被告に対する損害賠償額は金二七二万八、三四九円となるところ、原告が自動車損害賠償責任保険より金五〇万円の交付を受けたことは原告の自認するところであるから、これを控除すると、結局原告に対する認容額は金二二二万八、三四九円となる。
(七) 弁論の全趣旨に徴すると、被告らは右損害を任意弁済しないため、やむなく原告は原告訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、着手金として金八万円を支払つたこと、さらに原告勝訴の際は判決確定の日を支払期日として金四五万円を成功報酬として支払うことを約したことが認められ、このうち右着手金八万円と、前記認容額の略々一割に相当する金二〇万円は、被告らの本件不法行為と相当因果関係にある原告の損害として認容するのが相当であり、右計二八万円を前記認容額に合算すると、原告の損害額合計は二五〇万八、三四九円となる。
四、結論
よつて原告に対し、その請求を争わない被告株式会社インテリヤメリノーは原告請求のとおり金四八四万五、〇六三円および内金四三九万五、〇六三円に対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和四四年六月二日以降支払済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべく、(原告主張事実によれば四四六日間の休業損は原告主張額を若干の端数において上廻ることになることが計数上明らかであるが、その範囲内における請求額を請求しているものと解する。)これを求める原告の本訴請求は正当として認容できる。
そして、被告三宅徹に対しては、前記認容額金二五〇万八、三四九円およびこのうち二二二万八、三四九円に、前記着手金八万円を合算した内金二三〇万八、三四九円に対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和四四年五月二一日以降支払済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で原告の本訴請求を正当として認容すべく、その余の請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、同但書九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 岡村且)